トラがバターになるくらい
「大学を卒業したら死ぬ」
俺の数少ない友人、松井の口癖だ。
彼とは大学で知り合い気づいたらずっと近くにいた、コイツはモテる。
それはもう漫画の世界か何かみたいなモテ方をする男だ。俺の周りの女性は同期から先輩後輩まで全てコイツに食い散らかされ、残っている異性と言えば母親くらいだ。親族に手をだされなかっただけ感謝しなければいけないくらいである。
今日も彼は言う「21で死ぬのが一番の正解だと言ったら会社の同期にめちゃくちゃ引かれた。あいつらはゴミだ。」
ああそうだなと適当に相槌を打つ。
社会に出たって何もないことは分かってるんだろう?それを無理やり理由つけて何もない日々を送るのはあまりにも奇僻だよな。
今日も行き場を失った言葉が飛び交う。
「チンコが1年間ずっと蛍光色に光る代わりに100万貰えるとしたらどうする?」
おいおいいきなり究極じゃないか、きっと蛍光色に光る陰部うっとおしいんだろう。だが最後の2、3日 蛍光色がとても愛おしくなって数日後には輝きを失うこいつにどこか切なさを感じるんだろうな。
なぁ?
俺たちで最後の数日は新宿のクリスマスツリーを飾らないか ギンギンに勃起した陰部を遠目にアホ共はノスタルジーに浸るって戦法よ。
夜は続く
「乳首を片方売るなら幾らで売る?」
「歩きながら飲んでたら一番かっこいいのは?」
「どこが性感帯だったら人生一番楽しいか?」
どうしようもない時間ってのは過ぎるのが早い このどうしようもない空間と時間がどうしようもなく好きだった俺たちはどうしようもなかったんだ
クリスマス当日、松井は当然女といる訳だがそんな事は関係ない 俺は言う
「行っていい?」
彼は言う
「いいよ」
男同士の単調なLINEの中には松井が彼女を俺が来るからという理由で帰らせていたなんていう大きなストーリーがある事は、俺が彼の家に行きエレベーターで松井の彼女とすれ違うまでは知る由もなかった。モテる男はやる事が違うね。
気の合う友人を何人か呼んだ。 全員予定を捨てて家に集まる。どうしようもない奴等だからだ。
そのうちの一人、森くんが大学を卒業したら芸人になると言い出した。
それは確かに俺たちは全員が全員自分を世界で一番面白いと思ってるが社会はそんな甘くないぞ?
社会を知らない俺たちが困惑して社会を盾にしてしまった。とてつもなくダサい。
彼はいう 「いや、ごめんもう事務所入った」
森、お前は世界一カッコいいよ。
そのあと「ダウンタウンさん」などと芸人をさん付けで呼ぶ彼の姿に俺たちは興奮を覚えた。
R1にでたネタを何度もやらせた。 日本の母親となって琵琶湖に新たに県を出産するというなんとも露払いなネタである。
ラマーズ法のリズムで
と叫ぶ彼の背中はとても大きかった。
そんな日々も大学卒業と共に終わる。
社会に出て早3ヶ月、半年ほどぶりに気の合う仲間で集まった。その中に当然松井もいた。
たわいもない空間、生産性のなさが無限に繰り広げられるその空間は前とは違って少し居心地が悪かったんだ。
なにをやっても明日の仕事がよぎる 社会ってのは毒だ。
松井がおもむろに口を開く
「ヒト畜、俺会社辞めるわ」
以前であれば、お前に社会は似合わない 別にだれか養うって訳じゃねえんだ好きにやんなとでも言ってやれただろう。
だが、毎日に疲れた俺はその言葉の無責任さに少し嫌悪感を感じていた。
しばらくして目がさめるとベイブ応援上映に変わっていた。 どこ目線で応援するんだよ。
俺は社会に毒されすぎた。 彼らのいつまで学生してるんだという苛立ちと共にこれ以上自分の惨めな姿を彼らには見せたくはなかった。
このタバコを吸ったら帰ろう....
おもむろに松井が口を開く
「会社マジでクソだわ、社長の嫁抱いたのバレただけでクビになるとかガキかよ」
....
........
.................もう一本吸おうか。聞かせろよ
どこにも行けない僕とどこへも行かない彼ら
まだ俺はここに居ていいみたいだ
ベイブってどうやって応援するんだっけな
なぁおい俺も混ぜろよ